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ネタバレあり、個人メモなので人に読ませる書き方になっていません
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 父と比べられるのは慣れっこだった。
 むしろ、母が自分に父の名を付けてくれたのが嬉しかった。いつかその名に恥じない人間になりたいと思っていた。その決意を挫けさせないためにも、父の名で呼ばれ、父と比べられるのは本望だった。
 だというのに。
「よう、セカンド(ザリス)」
 この人だけは――師でもある黒い聖騎士だけは、名で呼んでくれない。
 抗議を試みてみたが、
「オマエなんざ『セカンド(ザリス)』で十分だよバカタレ」
 がつ、と頭に衝撃が掛かる。拳ではない。師にしてみれば頭に手を置いただけだろう。それでも今のザリスには、全身を揺さぶるものだった。
 他の人達は大抵は普通に呼んでくれるけれど、父の名を継いだ少年にとっては、ただ一人だけにでも、『セカンド』などと呼ばれるのは、悔しかった。何度も反発し、抗議し――諦めたのは、妥協したからに過ぎなかった。
「だったら、そだな……『ジュニア(リッテン)』って呼ぶか?」
「……『セカンド(ザリス)』でいいです」
 『ジュニア』では、『シニア』に追いつける可能性は無だ。『セカンド』なら『ファースト』になれる可能性も一応はある。本当は、どちらも年齢序列を示している以上、可能性もなにもなく、少年の考え方は言葉遊びに過ぎなかったわけだが、それでも彼は『ザリス』という呼び名を許容した――少し語弊がある。呼び名を許容したとはいっても、それは呼ぶ相手が自分よりずっと実力がある師だからだ。まださほどの力量差のない幼馴染みからそう呼ばれれば、烈火の如く憤った。
 そんな軋轢――とも言えない何かはあれど、本来の居住であるエトリアよりも『故郷』と呼べるようになった、山岳の郷で、ザリスとも呼ばれるようになった少年は、幼馴染みと共に健やかに育っていった。
 そして、十五歳。成人の日を迎えた彼は、師や亡き父と同じ、聖騎士を志す。
 ただし、父の縁を辿ったエトリアでもなく、師の縁を頼った『百華騎士団』でもなく。
 近隣ではもっとも名高い『王国』の騎士団に、入隊することを望んだのだが。
 母も、『王国』のカースメーカーの里長である伯父も、少年の望みを聞いて眉根をしかめた。エトリアでいいんじゃないのか、『百華騎士団』でもいいじゃないか、いっそハイ・ラガードは、と翻意を促した。けれど彼は、いずれにも首を横に振った。
 こういう意味で父や師の影響が強い場所は、望まなかった。自分は自分のみの力で聖騎士を志したかった。正確に言えば『王国』騎士団も父のいた場所だが、当時の父は聖騎士ではなく重装歩兵にすぎなかった。だから父の影響はないだろう、と踏んだのだ。
 もっとも、彼が全く思いもしなかったことがある。
 彼が、『王国』の現王権の成立に重大な役を果たした呪術師一族『ナギ・クース』の裔でもあり、国王からそれなりに気を使われる立場であることを。
 そして、亡き父が『王国』の影の面に意外と大きな影響を与えており――そのために、自分が国家の暗部から嫌な意味で目を付けられているということを。
 前者はともかくとして、後者に気が付いたのは、ずっと後、アーモロードでの冒険が終わろうとする時のことだったが。


 重装歩兵としての日々は、それなりに充実していた。
 自分を嫌な呼び名で呼ぶ者はなく、同期は仲がよかった。先輩からのいじめは早々に発生したのだが、前々から黒い聖騎士の指導を受けていた彼の反撃の前に、敢えなく消え失せた(実のところ、再攻撃がなかったのは、彼自身の知らない諸々の事情が働いたためでもあるが)。そうなると、同じように先輩のいじめに遭っていた者達が傍に身を寄せ始め――本人が意識しないうちに、同期のリーダー格のようにされていた。
 だから、第三王子アシュクニーの目に留まったのかもしれない。
 『王国』において、才気に溢れた重装歩兵は、時に聖騎士や貴人の従者として召し上げられ、従者として相応しいように主人と同じような教育を受け、機会があれば聖騎士に昇格することがある。そういう意味では、第三王子の関心を得たことは、夢への近道だったかもしれない。が、相手は王族、あまりにも高位だったがために、彼はその可能性に思い至ることができなかった。
 それでも、なにごともなければ、いつか彼は、王子の関心を引いたことを受け入れ、聖騎士への道を歩んでいたかもしれない。
 だが、王子の立場と、なにより彼自身の知らない自らの現状を考えれば、なにごともなく、と思う方が無理な話だったのかもしれない。
 その最初の兆――彼が知る限りで、だが――は、程なく訪れた。
 闇から二人を捕まえ、冥府へ引きずり込もうとする、悪神の腕のように。

 『王国』で聖騎士を目指して力を尽くし始めてから一年。収穫祭の前日のことだった。
 どれほど素晴らしい国であっても、不満が全く出ないとは言えない。祭りは、神への豊作の感謝であると同時に、そういった不満を吹き飛ばす場でもある。王命ににおいて参加者に馳走が振る舞われ、普段はなかなか庶民の前には出られない王族も、同じ舞台に、とはいかないものの、共に祭りに参加する。
 第三王子であるアシュクニーも、当然ながら参加していた。収穫祭においては、十八歳以上の王族(国王は代行者を立てる)がそれぞれ趣向を凝らしたパレードを立案し、実行するのが、『王国』の習わし。しかし、その一年前、十七の時にも、いわば『来年の予行練習』的に、他の王族に協力する形で参加するものであった。アシュクニーが手伝ったのは、すぐ上の兄だった。
 そんな第三王子の命により、彼はパレード時の護衛――興奮した群衆をあまりパレードに近づけないようにする――の一人として指名され、「自分じゃなくてももっと適任がいるだろうに」と首を傾げながら、勅命に応じないわけにもいかずに加わっていた。もっとも、パレードの山車(だし)の組み立てを手伝ったりするのは、それなりに楽しかった。
 それにしても、なんだろう、と思う。
 離れたところでいろいろと指示を出している第三王子は、確かに積極的に動いているのだが、どこか冷めたように見える。いや、動いている方も嘘ではないのだろうが……なんとも表現しにくい。敢えて言葉で表現するなら――常に虚無を背後に引きつれて、それに引き込まれないように頑張っているのだが、ふと、「このまま飲み込まれてしまってもいい」と考えてしまっているような……。が、ほんの一瞬後には、それも気のせいかとも思えるのだ。この日に限らず、王子を見かけるたびに感じていたことだった。
 掴みづらい。自分の判断に自信が持てなくなる。他人の考えなどはそう簡単に判るものではないが、それ以上の判りづらさを感じるのも事実だ。
 休憩時間になっても、どうしたものか――と引きずっていると、重装歩兵達が数名やってきた。共に山車を警護する同期、有り体に言えば『友達』である。だから彼は王子のことは心の脇に寄せて、友人に向けて大きく手を振った。
 ……わざわざ山車のてっぺんに登ってだが。
 そんな彼を見た者の反応はといえば、『バカ』を見た者のそれに間違いなかった。
 散々こき下ろされるのを甘受し、笑っていた彼だが、ふと、その笑みがかき消えた。
 思えば得がたい幸運だったのかもしれない。山車に登るという馬鹿を行ったために、期せずして遠くまでを見渡せる視界を手にしたのだ。が、その視界の中に見つけたものは、幸運とは程遠いものだった。
 虚無の塊。彼にはそう見えた。幼い頃に力を封じたとはいえ、呪術師の血を継ぐ彼だったからこそ、そのような感覚を得ることができたのだろう。他の者にはただの人間の一群にしか見えなかったはずだ。
 ――彌危(やば)い!
 彼は自分の直感を信じ、大声で叫んだ。
 虚無どもから放たれる(ように彼には見えた)得体の知れない波動は、第三王子アシュクニーへの殺意となって奔流を形成していたのだ。

 その日から、彼は自らの本名を封じた。
 『ファリーツェ』という、父と同じ、誇りに思っていた真名を。

「――僕の背の傷のことをまだ気に病んでいるのか、ザリス」
「……」
「あれは、僕自身のミスの結果だって言っただろう。父上もそう仰せだったはずだ」
 アーモロードへ向かう道程の途中、真剣な眼差しを向ける王子アシュクニーの言葉に、ザリスは返す言葉もなく押し黙った。 二年前の収穫祭の前日、ザリスが見つけた『虚無』は、アシュクニー王子を標的にした暗殺者だった。誰が差し向けたものかは判らない。そんな証拠を残す愚かな真似は、暗殺者はしなかった。ただ、第三王子が襲われたという時点で、大まかな見当は付く。
 が、そんなことは、ザリスにはどうでもよかった。
 気付いていたのに。自分は気付いていたのに。
 重装歩兵達に警告を発しながら、山車を下りた。飛び降りるという愚を冒すこともできず、やっと地上に足が付いた時には、あたりは激戦地と化していた。襲撃に気が付いたからこそ、被害は最小限で済んだのだろうが、それでも、つい先程まで談笑していた友達の数人が事切れているのを目の当たりにした。生きている者も血を流し、思うように動けないでいる。襲撃者達の刃に麻痺毒が塗られていたらしい、と、後で知った。
 山車の準備を行いつつ王子を警備していた近衛兵達は、やってきた重装歩兵達がいれば王子は安全だ、と思っていたのか、目の届かないところを見回りに行っていたようだった。状況に気が付いて、駆け付けてはきているのだが、その姿はまだ遠い。
 王子はひとりだ。身を守る者は誰もいない。それどころか――自らの身を守ろうとすらしていない!
 まるで、全てを諦めたような、空虚な表情が、ザリスの記憶に今もなお、残っている。
「殿下! 避けて!」
 ザリスの声に、アシュクニーは我に返った様子で身体を動かした。
 それでも、彼が暗殺者達の凶刃を躱すことはできなかっただろう。
 動けるザリスも王子を庇うには遠すぎた。目の前で、むざむざと王子を殺されることになっただろう。
 ――己の心の奥底に掛けられた『呪われし力の封印』を引きちぎらなかったなら。

『恐れよ……我を!』

 『王国』の建国の闇に巣くう呪術師一族『ナギ・クース』の呪詛。幼い時に、力の無差別の拡散を防ぐ為に封じられ、呪術師ならざる道を歩む限り解かれるはずのなかったそれが、現状を打破する力を貪欲に求めたザリスの心によって解放されたのだ。
 しかし、ろくな訓練もしていなかった力は、完全な効果を発揮したとはいえなかった。おまけに、呪言を聞いたもの全員に――つまり王子にすら呪詛はかかるのだ。ただ一人、恐怖を振り解いた暗殺者が、王子の背に刃を振り下ろすのを、何もできずに見つめていることしかできなかった。とはいえ、呪詛の発現が暗殺者の気を散らしたことも確かで、そのために刃は急所を外し、王子は重傷で済み、近衛兵達が駆け付ける時間が稼げたともいえる。
 が、次はないだろう。次に暗殺者の襲撃があったら、どのような手段を講じても、王子は死ぬだろう。
 その心に虚無がある限り。自分を襲う不条理に対する、諦めの心がある限り。
 最悪なのは、王子自身がそれに全く気付いていないらしいということだ。
 自分は前々からうっすらと気が付いていたのだ。王子を飲み込もうとする心の空白に。そのことを重く見て、立場ある誰かに話していれば、もっと何かができたかもしれないのに――。
「それでも、おれにもっと実力があれば、防げたはずなのです」
 あのときの歯がゆさを、どう表現したらいいか判らず、ザリスはそうとだけ答えた。
 自分にできることは少なすぎる。全く、自分に真名がふさわしくないと断じた師の言う通りだ。
 幸いなのは、アーモロード行きが決まってから、王子の背に虚無を感じ取る頻度が減ったことだ。もともと、王子には王宮という場所が牢獄に思えていたのかもしれない。そうだとしたら、アーモロードでの探索を通じて、少しは心安らかになるだろう。
 だが、とザリスは思う。樹海迷宮には息詰まる陰謀はないかもしれない。けれど、それ以上の単純な危険がある。未知の魔物という危険が。
 せめて、そのような危険から主君を守れないようでは、いつか聖騎士になることなど、夢物語でしかない。
 そして、己が真名を再び名乗ることも、おこがましいのだ。

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