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 依頼人より連絡あり。
 今回の職務は暗殺。対象は――第三王子アシュクニー・トルギルスと、その従者である重装歩兵。
 そこで、ふと眉根をしかめる。依頼人が第三王子を葬りたがっているのはよく知っている。であれば、対象は王子だけで十分ではないか。その従者までわざわざ手に掛ける意味はなかろう。暗殺の時に邪魔だからついでに殺す、ということはあってもおかしくないのだが……。
 いろいろ考えてみるが、しっかりと二人分の前金が届いている事実に変わりはない。依頼人は本気で従者も殺そうとしている。
 重装歩兵の名は……ナギ・クード……?
 ああ、なるほど。合点がいった気がする。


 ――二十年近く前のことだ。『王国』の重装歩兵に、一人の青年がいた。父方は王国有数の大商人、母方は有名な呪術師『ナギ・クース』の家系――そんな間に生まれた当人は、家のコネだのしがらみだのとは無縁に見えた。主観が入っているのは、実際に会ったことがあって、そう感じたからだ。
 それが、どこかの貴族の子息である聖騎士に取り立てられ、その従者としてエトリアの世界樹の迷宮に行った。その時点ではよくある話。そして、主人である聖騎士が、共に連れて行った傭兵達と樹海に潜り、結局帰らなかった、というのも、世界樹の迷宮ではよくある話だっただろう。問題は、従者の方が、ある冒険者達のギルドに加入して、そのまま探索を続け、樹海を踏破することこそできなかったが、かなり下層までを探索した功績をもって、エトリアの聖騎士に任命されてしまったことだ。
 重装歩兵としては『王国』の騎士団所属である身、懸念になるはずだったが、本人が『王国』に退団を申し出てきたことと、父方のメルダイス家が彼を勘当したことで、解決した。『王国』からすれば所詮は数多い重装歩兵のひとり、『王国』の沽券が傷付きさえしなければ、何の問題もない。
 そこで、彼が、生まれ故郷であるということ以外で『王国』に関わることは、なくなった――表向きには。
 ここからが、我々の依頼人が関わる話だ。
 当時から、依頼人は『王国』の現状に不満を持っていた。前王の時の、世界を武力で平定していた頃の方が、己の益にはよかったと思っている。確かに、他国を征服し、その富を収奪することが、国家繁栄の近道である。が、現王はその道を無益と見なし、父王とは異なる政断を行っている。それが依頼人には不服らしい。『王国』の繁栄は横ばいになり、いつ下降線を書くかもしれないと。
 だから依頼人は考えたのだ。他国も、そして国王も判らぬ方法で他国を征服することを。征服とは見えぬ征服を。
 相手が他国と対等だと思いこむ征服の仕方、すなわち『同盟』を強いることを。
 そうして依頼人が目を付けたのがエトリアだった。樹海の富でうるおい、肝心の樹海迷宮には入れなくなってしまっていたが、なくなったわけではない。『同盟』を組めば、『王国』がエトリアの執政院に手を回していき、再び樹海迷宮の中の富を手にする算段が立てられると思ったらしい。
 が、エトリアは、周辺の都市国家と既に同盟を組んでいる。ただ同盟を申し込むだけでは却下されるだろうし、かといって恫喝すれば警戒を招いて意味がない。
 ならば、第三者の仕業に見せかけて国内を撹乱すればいい。といっても、やりすぎれば、折良く同盟を申し出てきた王国に疑念が向く。もっと『王国』の接触が不自然ではなくなる手段はないか――。
 そうして考え出されたものが、誰かが殺されればいい、ということだった。
 エトリアでそこそこの立場にあり、かといって、死んだところで大きな混乱にはならない者。それでいて『王国』と何かしらの大きな関わりがあり――そう、国王が、その者に哀悼の意を表するという名目で、おおっぴらにエトリアと接触できそうな者。
 このあたりは、我々が依頼されたものではないから、詳しいところはわからない。知っているのは、依頼人が当時動かした暗殺者どもの働きで、エトリア執政院は襲撃され、その戦いで、元『王国』重装歩兵だった青年は倒れた。それを知った国王が現地に赴き、かつては臣下だった青年の冥福を祈りつつ、かねてより重鎮達から勧められていた、エトリアを襲った者――おそらくは権益を求めた『神国』の手合いであろう――に対抗し、同盟を申し出、それを受理されて締結した――というあたりだ。
 ただ、依頼人の希望とは異なり、同盟があくまでも対等のものとして締結されたこと、そして、手駒である暗殺者がほぼ全滅したという事実が残った。
 おまけに、ただ一人生き残った暗殺者は、数年後に、自身が知る限り全ての真実を他者に語ってしまったのだ。その暗殺者は、別件での依頼で私が始末したのだが、語られた事実は消え去ることなく、国王の知るところとなってしまった。
 依頼人は身代わりを立てて追及を逃れたらしいが、今はもう、政治に対する影響力はないと見ていい。
 今回の、第三王子暗殺の依頼が、最後のあがきだろう。第一・第二王子どちらかの支持者筆頭におもねって、第三王子を排すれば、再び表舞台に返り咲く力を貸してもらえる、というところか。実際は、いいように使われて捨てられるという末路が目に浮かぶが、そこまでこちらが忠告する筋はあるまい。
 我々が依頼を果たせばうまくいくのではないかと? それはどうだろう。このような依頼をする小心者に、未来はないと私は見るのだが。それこそ、私が、標的の一人である重装歩兵の名を知った時に感じたことだ。
 重装歩兵は、かつて依頼人が陰謀の足がかりとして殺した、エトリアの聖騎士の、一人息子だった。父と同じ名を拝し、その見た目も――参考資料として添付されたクロッキー画を信用するなら――驚くほどに父親に似ている。依頼人としては、かつて殺した者の亡霊を目の当たりにした思いだったのだろう。だから、いっそのこと、王子もろとも抹殺して、冥府に突き返してくれる、とでも思ったに違いない。
 あまりにおかしかったので、私は思わず声をあげて笑ってしまった。
「――楽しそうだの、繁縷(はこべ)や」
 背後から声がしたので、私は背筋にぞくりとした冷たいものを感じた。
 声の主に敵意がないことは判っている。だが、これでも私は、考えをめぐらせている間、周囲にも気を配っていたつもりだったのだ。声を掛けられる瞬間まで、私の感覚に引っかかる存在は、蟻の一匹すら、いなかった。否、そう思いこんでいた。声の主が私よりずっと上手(うわて)だということだ。
「……うん、そりゃ楽しいよ、じっちゃん。だって未知の世界に行くんだもん」
「――声が動揺しておるぞ」
「……面目ない」
 声の主――シノビである我らが一族の頭領である、私の祖父――は、虎狼が獲物を見定める瞳で私をじっと睨み付けていた。とはいえ、その真意は、敵意ではなく、厳格な教師の眼差しにすぎない。それでも、私はまさに蛇に睨まれた蛙――我ながら陳腐な表現が浮かぶものだ。
 不意に祖父が相好を崩したので、私もほっと息を吐いた。
「ハコよ、アーモロード土産は、とろけるように甘い果物がいいのう」
「そんなもん、腐っちゃうわよ、じっちゃん」
「七十三(ナツミ)達を連れて行くのだろう、運ばせればいいではないか」
「むちゃくちゃよ! 伝書鳩に果物を運ぶ力があるかってーの。おみやげ話はマメに贈ってあげるからそれで我慢して!」
「残念だのう。ああ、羨ましいのう南国。蒼い空、碧い海、年がら年中暖かく、街にはいつも薄着の美女が――」
「ちょ、じっちゃんの注目どころは最後だけでしょ!? 絶対、最後の薄着の美女ってところだけでしょ!?」
 端から見れば、市井の老人とその孫の会話だろう。シノビはその正体を隠し、一般人のふりをしていなくてはならない。もっとも、最近は、特定の主に仕えるわけではなく、ただその技能だけを継ぎ、戦や冒険に従事する者もいるという。そういった者は、自分がシノビであるとわかりやすく装うものだ。そして私も、アーモロードでは、そういった『わかりやすいシノビ』に身をやつす。
 目標をすぐに殺すことはできない。欲張りなことに、依頼人は、アーモロードの世界樹の迷宮の情報までご所望だ。王子と重装歩兵は、迷宮を探索せよという王命を拝命している。それが終わるまでは、目標を生かしておかなくてはならない。
 さっさと殺していいのなら、樹海探索の初期の危険に巻き込まれたという偽装もできようものを。
 だが、我々にとって依頼は絶対。しばらくは帰れそうにない。であれば、『わかりやすいシノビ』らしく、せいぜいアーモロードを、迷宮の探索を、楽しむしかないだろう。
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